退職代行から連絡が来たら|本人の意思確認、業者の種類による違い、退職日・有給・貸与品回収の進め方
ある朝、退職代行サービスから「本日付で退職したいと本人が申しております」と電話が来る。慌てて拒否や本人への連絡を繰り返すと、かえってこじれます。退職の申入れの法的な扱い、本人の意思確認、弁護士・労働組合・民間業者による違い、退職日と有給休暇、貸与品や書類のやりとりまで、会社がとる手順を整理します。
- 対象読者
- 社員の退職代行サービスから突然連絡を受けた、または備えておきたい従業員30〜300名の企業の人事担当者・経営者
- 難易度
- 実務
- 所要時間
- 読了8分
- 最終確認日
この記事のポイント
- 期間の定めのない雇用では、労働者はいつでも退職の申入れができ、申入れから2週間で雇用は終了する(民法第627条第1項)。代行業者を通じた申入れでも、本人の意思であれば退職そのものは拒めない
- まず本人の意思によるものかを確認する。弁護士でない業者は、報酬を得て退職条件の交渉を代理することはできないため、伝達以上のやりとりは本人または弁護士と行う
- 退職日・有給休暇の消化・貸与品の返却・書類の送付を書面で整理し、退職手続きは通常どおり進める。感情的な対応や本人・家族への過度な連絡は避ける
「〇〇さんの代理で連絡しています。本人は本日から出社しません。退職の意思をお伝えします」。退職代行サービスからのこうした連絡は、業種や規模を問わず珍しくなくなりました。少人数の会社ほど、突然の欠員と、直接話してもらえなかったことへの戸惑いが大きくなります。
ただ、退職の申入れ自体は労働者の権利です。会社がすべきことは、事実を確認し、退職手続きを淡々と進めることです。この記事では、最初の連絡を受けてから退職日までの対応を順に整理します。
退職の申入れの基本ルール
| 雇用の形 | ルール |
|---|---|
| 期間の定めのない雇用(正社員など) | いつでも解約の申入れができ、申入れの日から2週間を経過すると雇用は終了する(民法第627条第1項) |
| 期間の定めのある雇用(契約社員など) | やむを得ない事由があるときは直ちに契約を解除できる。その事由が一方の過失によるときは損害賠償の責任を負う(民法第628条) |
就業規則で「退職は1か月前までに申し出る」と定めている会社は多いですが、労働局は、後任が見つかるまで退職を認めないといったことはできないと案内しています。申入れが代行業者を通じたものであっても、本人の意思であれば、退職そのものを拒むことはできないと考えて対応しましょう。
就業規則の申出期限は、引き継ぎのための目安として本人に協力を求める根拠にはなります。ただし、期限を理由に退職を認めない、退職届を受け取らないといった対応は、トラブルを大きくするだけです。
最初の連絡を受けたときの手順
1. 連絡内容を記録する
業者名・担当者名・連絡先・連絡日時・伝えられた内容(退職希望日、有給休暇の希望、貸与品、連絡方法の希望)を記録します。その場で回答せず、「社内で確認して書面で回答します」と伝えれば十分です。
2. 本人の意思かどうかを確認する
退職は本人の意思表示が前提です。なりすましや、家族が勝手に依頼している可能性もゼロではありません。次のいずれかで確認します。
- 本人が署名した退職届(または委任状の写し)を、郵送やメールで送ってもらう
- 本人から会社に、メールなど記録の残る方法で一言連絡してもらう
3. 業者の種類を確認する
退職代行には、運営主体によって大きく3つのタイプがあります。
| タイプ | できること | 会社の対応 |
|---|---|---|
| 弁護士(法律事務所) | 代理人として、退職条件の交渉や未払賃金の請求なども扱える | 代理人として対応する。以後の連絡は代理人経由が基本 |
| 労働組合を名乗るもの | 組合員の労働条件について団体交渉を申し入れることがある | 団体交渉の申入れとして扱う必要があるか確認する(→団体交渉を申し入れられたときの初動) |
| 民間企業(上記以外) | 本人の意思を伝えることはできるが、弁護士でない者が報酬を得て法律事務(交渉・代理)を扱うことは禁じられている(弁護士法第72条) | 退職の意思の伝達として受け取る。条件のやりとりは本人と書面で行う |
民間業者から「有給休暇を全部消化させること」「退職金を払うこと」などの条件を交渉された場合は、業者と交渉せず、本人に書面で回答する形をとります。
退職日と有給休暇
退職日
本人の希望する退職日を確認し、民法のルールと照らして決めます。「本日付で退職」と言われても、期間の定めのない雇用では、会社が合意しなければ申入れから2週間で終了するのが原則です。実務上は、本人と合意できる日を退職日として書面で確定させます。
有給休暇
退職日までの間に残っている年次有給休暇の取得を求められることがよくあります。労働局は、年休の請求があった場合、事業の正常な運営を妨げる場合でない限り、指定された日に与えなければならないと案内しています。退職日より後に休暇の日を変えることはできないため、退職日までの出勤日を年休に充てる形で処理することが多くなります(→年休の時季変更権はどこまで使えるか)。
引き継ぎ
本人が出社しない以上、対面での引き継ぎは難しくなります。業務の所在(ファイルの場所、取引先の進捗、パスワードの管理者)を書面やメールで回答してもらうよう依頼しましょう。依頼は質問項目を絞って一度に送ると、回答が返ってきやすくなります(→業務引き継ぎ書)。
貸与品・私物・書類のやりとり
| 項目 | 対応 |
|---|---|
| 会社の貸与品(PC・スマホ・社員証・鍵・制服・健康保険の資格確認書類など) | 返却方法(宅配便の着払いなど)と期限を書面で伝える。返却されたら記録する(→備品・IT機器の管理台帳) |
| 会社に残った私物 | 本人の同意を得て送付するか、受け取り方法を決める。勝手に処分しない |
| アカウント | 退職日または出社しなくなった時点で、アクセス権を停止・変更する |
| 最終給与・退職金 | 通常どおり計算して支払う。貸与品が返らないことを理由に賃金を差し引くことは、賃金全額払いの原則との関係で問題になる(→最後の給与の計算と支払い) |
| 退職後の書類 | 離職票、源泉徴収票、退職証明書(請求があれば)などを、本人に送付する(→退職証明書・解雇理由証明書) |
労働基準法第23条は、退職者から請求があった場合、7日以内に賃金を支払い、積立金などの労働者の権利に属する金品を返還するよう定めています。請求があったときに慌てないよう、最終給与の支払日を早めに伝えておきます。
秘密保持の誓約書をまだもらっていない場合は、署名を依頼します。拒否されても退職の効力には影響しませんが、在職中の就業規則や誓約書の内容を改めて書面で伝えておきましょう(→競業避止・秘密保持)。
やってはいけない対応
- 退職を認めない、退職届を受け取らない:かえって紛争につながる
- 本人や家族に何度も電話する、自宅を訪問して説得する:本人が代行を使った理由(直接話したくない)を踏まえると、圧力と受け取られやすい。連絡は書面に集約する
- 損害賠償をほのめかす:実際に請求が認められる場面は限られる。感情的な言葉は記録に残る
- 懲戒解雇にすると告げる:退職の申入れを理由とした処分は、相当性を欠くおそれがある
ただし、連絡が途絶えて本人の安否が分からない場合は別です。代行業者の連絡はあっても、本人の意思や安否に疑問がある場合の対応は無断欠勤・連絡が取れない社員への対応を参照してください。
再発を防ぐために
退職代行が使われる背景には、「辞めたいと言い出せない」「上司と話すのがつらい」という職場の事情があることが少なくありません。上司を通さず相談できる窓口、定期的な1on1、退職の意思を伝えたときの手続きを社内に案内しておくと、直接話してもらえる可能性が高まります(→離職を防ぐリテンション施策、退職面談の進め方)。
まとめ
- 期間の定めのない雇用では、申入れから2週間で雇用は終了する。代行業者経由でも、本人の意思なら退職は拒めない
- 本人の意思確認と業者の種類の確認が最初の一歩。弁護士以外の業者と条件交渉はしない
- 退職日・有給休暇・貸与品・書類の送付を書面で整理し、手続きは通常どおり進める
- 圧力と受け取られる連絡や、損害賠償・懲戒のほのめかしは避ける
この記事で使えるテンプレート
人事 退職手続きチェックリスト 社会保険の資格喪失届、雇用保険の資格喪失届・離職証明書、源泉徴収票、住民税の異動届、貸与品の回収、アカウント停止まで、退職手続きを期限つきで確認できるチェックリストです。 人事 業務引き継ぎ書(退職・異動・休職用) 退職・異動・休職のときに使う業務引き継ぎ書です。業務一覧(頻度・期限・手順書の場所)、進行中の案件、社内外の関係者、アカウント・権限、保管書類、引き継ぎスケジュールと完了確認の署名欄までまとめています。 人事 秘密保持誓約書(退職時) 退職者に提出してもらう秘密保持誓約書のひな形です。対象となる秘密情報の範囲、退職後の使用・開示の禁止、資料・データの返還と削除の確認、個人情報の取扱い、問い合わせ先までを1枚にまとめています。返還物のチェック欄つきです。この記事に出てくる用語
- 健康保険
- 会社員などが加入する公的医療保険で、業務外の病気・けが、出産、死亡に対して給付を行います。保険者は協会けんぽと健康保険組合です。
- 源泉徴収票
- 会社が1年間に支払った給与・賞与の額と、源泉徴収した所得税の額などを記載した書類です。従業員に交付するほか、法定調書として税務署に提出します。
- 就業規則
- 労働時間・賃金・退職などの労働条件や職場のルールを定めた規則です。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、作成して労働基準監督署に届け出る義務があります。
- 退職証明書
- 退職した労働者から請求されたときに、会社が交付しなければならない、在職期間や退職の事由などを証明する書面です。雇用保険の離職票とは別の書類です。
- 退職届
- 社員が退職の意思を会社に伝える書面です。一般に、会社の承諾を求める「退職願」と、一方的に退職を通知する「退職届」とに分けて扱われます。
- 懲戒解雇
- 重大な規律違反をした社員に対して、懲戒処分として行う解雇です。懲戒処分の中で最も重く、有効性は厳しく判断されます。
- 賃金支払の5原則
- 賃金は「通貨で」「直接労働者に」「全額を」「毎月1回以上」「一定の期日を定めて」支払わなければならないという労働基準法第24条のルールです。
- 年次有給休暇
- 一定期間働いた労働者に与えられる、賃金が支払われる休暇です。6か月継続勤務し、全労働日の8割以上出勤すると10日付与され、勤続に応じて最大20日まで増えます。
- 離職票
- 退職者が基本手当(失業手当)を受けるためにハローワークへ提出する書類です。会社が提出した離職証明書にもとづき、ハローワークが交付します。
- 1on1
- 上司と部下が1対1で定期的に行う面談です。評価のための面談ではなく、部下の成長や困りごとの把握を目的にするのが一般的です。