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社員のミスで会社に損害が出たら弁償させられる?|給与天引きの禁止、請求できる範囲の目安と、事前に決めておくこと

社員の仕事上のミスで会社に損害が出ても、全額を弁償させられるとは限りません。最高裁は、請求できるのは「損害の公平な分担」の見地から相当な範囲に限るとしています。弁償額を給与から一方的に差し引くことの禁止(賃金全額払い)、「壊したら弁償」と事前に決める定めの禁止(労基法16条)、本人の同意で精算するときの注意点を、法令と裁判例で整理します。

対象読者
「備品を壊した社員に弁償させたい」「誤発注の損害を給料から引けないか」と相談された、従業員30〜300名の企業の労務担当者
難易度
実務
所要時間
読了8分
最終確認日

この記事のポイント

  • 業務上のミスによる損害でも、会社が社員に請求できるのは「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」に限られる(最高裁昭和51年7月8日判決・茨石事件)。通常の過失なら請求しない、または一部にとどめる運用が現実的
  • 弁償額を給与から一方的に差し引くことは、賃金の全額払いの原則(労基法24条)に反する。本人の同意による精算でも、同意が自由な意思に基づくと認められる客観的な理由が必要
  • 「備品を壊したら〇円」「ミス1回につき罰金」のように、あらかじめ賠償額を決める定めは労基法16条で禁止される。決めてよいのは、事故の報告手順や、故意・重大な過失の場合に実損害を請求することがあるという方針まで

「社員が社用のノートPCを落として壊した」「発注数を一桁間違えて、返品できない在庫を抱えた」。こうしたとき、経営者から「本人に弁償させて、給料から引いておいて」と言われることがあります。

ただ、法律上は、仕事上のミスによる損害を社員にそのまま負担させることは簡単ではありません。この記事では、まず法律と裁判例の考え方を確認し、そのうえで、給与から引くときの注意点と、事前に社内で決めておくべきことを整理します。社用車の事故に特有の対応は社用車の事故対応マニュアルで扱っています。

法律上は請求できるが、範囲は大きく限られる

社員がミスで会社に損害を与えた場合、民法上は、債務不履行(民法415条)や不法行為(民法709条)として損害賠償を請求できる余地があります。取引先や第三者に損害を与え、会社が使用者責任(民法715条)で賠償した場合は、社員に求償(肩代わりした分の請求)ができる余地もあります。

しかし、最高裁は請求できる範囲を大きく限定しています。

裁判例 判断のポイント
茨石事件(最高裁第一小法廷 昭和51年7月8日判決) 会社が社員に賠償・求償を請求できるのは、事業の性格・規模、施設の状況、社員の業務内容・労働条件・勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防や損失の分散についての会社の配慮の程度などに照らし、「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」に限られる。この事案では損害額の4分の1が限度とされた
エーディーディー事件(大阪高裁 平成24年7月27日判決) 取引上の通常の過失による損害は、本来会社が負担すべきリスクであり、故意・重大な過失がなければ社員に負担させるのは相当でないとして、会社の請求を認めなかった
最高裁第二小法廷 令和2年2月28日判決 社員が第三者に賠償した場合、逆に社員から会社へ、公平な分担の見地から相当な額を求償できるとした

厚生労働省の「確かめよう労働条件」でも、労働者がミスをしても当然に損害賠償責任を負うわけではなく、信義則上相当な範囲に限られると説明されています。

会社は社員の働きで利益を得ている以上、業務に通常伴うミスのリスクは会社が負うべき、というのが裁判例の基本的な考え方です。保険に入っていない、人員が足りず確認体制がない、といった事情は、会社の負担割合を大きくする方向に働きます。

請求を検討するときの判断の目安

一人人事が経営者に説明するときは、次の表のように整理すると伝わりやすくなります。これは裁判例の考え方を一般化した目安で、個別の結論を保証するものではありません。

ミスの程度 典型例 対応の目安
通常の過失 うっかりの入力ミス、作業中に備品を落とした 請求しないのが基本。再発防止と指導で対応する
重大な過失 禁止されている方法を繰り返し、注意されても改めなかった 実損害の一部の請求を検討する余地がある
故意・不正 意図的な破損、横領、私的利用による損害 実損害の請求を検討する。懲戒処分や刑事手続も別途検討

故意や不正がある場合の懲戒処分は懲戒処分の進め方を参照してください。

給与から一方的に引くことはできない

弁償額が決まっても、給与から一方的に差し引くことはできません。賃金は全額を支払うのが原則で(労基法24条)、控除できるのは法令に定めがあるもの(税金・社会保険料など)と、労使協定を結んだものに限られます。

天引きの方法 可否 根拠・注意点
会社の判断で弁償額を差し引く できない 損害賠償請求権と賃金を一方的に相殺することは全額払いの原則に反する(関西精機事件・最高裁昭和31年11月2日判決)
24条協定(賃金控除協定)に「弁償金」を入れて控除する 協定だけでは足りない 協定は控除を労基法違反にしないためのもので、個々の社員がその額を払う義務まで生じさせるものではないと一般に解されている。金額の合意が別途必要
本人の同意を得て相殺する 条件付きで可能 同意が社員の自由な意思に基づくと認められる合理的な理由が客観的に存在することが必要(日新製鋼事件・最高裁平成2年11月26日判決)

同意による精算をする場合でも、次の点に気をつけてください。

  • 上司が同席する場で、その場でサインさせるような方法は避ける。金額の根拠(修理見積書など)を示し、持ち帰って検討する時間をとる
  • 1回の控除額を小さくし、生活に支障が出ない分割にする
  • 同意書には、損害の内容、金額、算定根拠、支払方法を書き、本人がいつでも相談できることを添える
  • 給与からの控除ではなく、本人が別途振り込む方法も選べるようにする

控除の仕組みは賃金控除協定(24条協定)の作り方、全額払いの原則は賃金支払の5原則で詳しく扱っています。

「壊したら弁償」を事前に決めるのは禁止

就業規則や誓約書に「会社の備品を破損した場合は〇万円を支払う」「遅刻やミス1回につき〇円の罰金」と書くことはできません。労基法16条は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額を予定したりする契約を禁止しています。違反には罰則があります。

一方で、次のような定めは16条には当たらないと考えられます。

定めてよいこと 例
事故・破損の報告義務 「業務中に会社の物品を破損・紛失した場合は、直ちに所属長に報告する」
実際の損害を請求することがある旨 「故意または重大な過失により会社に損害を与えた場合は、その損害の全部または一部を賠償させることがある」
懲戒の対象になる行為 故意の破損や虚偽報告を懲戒事由に定める

なお、懲戒処分として「減給」をする場合は、1回の額が平均賃金の1日分の半額以内、総額が1賃金支払期の賃金総額の10分の1以内という上限があります(労基法91条)。減給の制裁と損害賠償は別のものなので、混同しないようにしましょう。

会社がやっておくべき予防策

裁判例では「損失の分散についての会社の配慮」が考慮されます。事故が起きてから社員に負担を求めるより、先に会社の側で備えておくことが大切です。

  1. 保険を確認する:動産総合保険、PCの補償サービス、賠償責任保険など、損害を会社でカバーできる手段を確認する(会社が入る保険の基本)
  2. 確認の仕組みを作る:発注や振込など金額の大きい処理はダブルチェックにする
  3. 貸与品のルールを決める:持ち出し・保管方法を定め、貸与時に説明する(備品・IT機器の管理台帳)
  4. 報告しやすい雰囲気を作る:弁償を恐れてミスを隠すほうが、会社の損害は大きくなる

退職する社員の最終給与から弁償額を差し引きたいという相談も多いですが、考え方は同じです。退職者の最終給与の計算もあわせて確認してください。

まとめ

  • 仕事上のミスで会社に損害が出ても、社員に請求できるのは「損害の公平な分担」の見地から相当な範囲に限られる。通常の過失なら請求しないのが基本
  • 弁償額を給与から一方的に差し引くことはできない。本人の同意で精算するなら、根拠を示し、自由な意思による同意と認められる手順をとる
  • 「壊したら〇円」「ミスしたら罰金」と事前に決めることは労基法16条で禁止される
  • 保険、確認体制、貸与品のルールなど、損害を会社で吸収できる仕組みを先に整えておく

この記事で使えるテンプレート

DOCX 労務 賃金控除に関する協定書(24条協定) 労働基準法24条1項ただし書にもとづく賃金控除の労使協定書です。控除する項目を具体的に列挙する表、控除を行う賃金支払日(賞与を含むか)、有効期間・自動更新、過半数代表者の選出方法の記入欄を付けています。

この記事に出てくる用語

就業規則
労働時間・賃金・退職などの労働条件や職場のルールを定めた規則です。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、作成して労働基準監督署に届け出る義務があります。
懲戒処分
職場の規律や秩序に違反した社員に対して、会社が制裁として行う処分です。就業規則に処分の種類と事由を定めておかなければ行えません。
賃金支払の5原則
賃金は「通貨で」「直接労働者に」「全額を」「毎月1回以上」「一定の期日を定めて」支払わなければならないという労働基準法第24条のルールです。
平均賃金
解雇予告手当や休業手当などを計算するときの基準になる1日あたりの賃金です。原則として直前3か月の賃金総額をその期間の総日数で割って求めます。
労使協定
会社と、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は過半数代表者)との間で結ぶ書面の協定です。法律の原則を例外的に変える効果があります。

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