契約書の一次チェックをAIで補助する:業務委託・NDAの確認観点リストと、法務・弁護士につなぐ線引き
業務委託契約書や秘密保持契約書(NDA)の一次チェックを生成AIで補助する方法を解説します。確認観点リストの作り方、条文を匿名化して読ませる手順、相手方の修正案との比較、法務・弁護士に回す判断基準、契約書の原文や取引先情報・個人情報を入力しない注意点までまとめます。
- 対象読者
- 法務担当がおらず、総務が取引先との契約書の確認窓口を兼ねている、従業員30〜300名の企業の担当者
- 難易度
- 実務
- 所要時間
- 読了8分
- 最終確認日
この記事のポイント
- AIに任せるのは「確認観点リストづくり」「匿名化した条文の読み下し」「修正前後の差分の整理」。契約を結ぶか、どの条件で合意するかの判断は人が行う
- 契約書の原文、取引先名、金額、相手方担当者の氏名、従業員の個人情報・マイナンバーはAIに入力しない。NDAでは契約書の存在や内容自体が秘密情報にあたることもある
- 損害賠償の上限、知的財産の帰属、再委託、個人情報の取扱いなどに関わる条項は、AIの読みにかかわらず法務・顧問弁護士に回す基準を先に決めておく
法務担当のいない会社では、取引先から届いた業務委託契約書や秘密保持契約書(NDA)を、総務がひとまず読んで社内に回すことがよくあります。条文は長く、どこを見ればよいか迷ううちに、確認しないまま押印してしまうこともあります。
この記事では、契約書の一次チェックを生成AIで補助し、見落としを減らす手順を紹介します。契約書の保管や期限の管理は「契約書の管理方法」と「契約の更新期限をAIで管理する」を参照してください。
AIに任せる範囲と、任せない範囲
一次チェックの目的は、「法務・弁護士に相談すべき点を見つけて、論点をそろえて渡すこと」です。AIが合否を決めるわけではありません。
| 作業 | AIを使う | 人が行う |
|---|---|---|
| 確認観点リストを作る | 契約類型ごとの観点の下書き | 自社の取引に合わせて追加・削除 |
| 条文を読む | 匿名化した条文の意味の読み下し | 原文と照らして読み違いがないか確認 |
| 修正案を比べる | 修正前後の違いの一覧化 | 受け入れるかどうかの判断 |
| 相談する | 法務・弁護士への質問メモの整理 | 相談するか、結ぶかの最終判断 |
法務省は、AIなどを使った契約書の審査を支援するサービスと弁護士法第72条(弁護士でない者の法律事務の取扱いの禁止)との関係について、2023年8月と2026年8月にガイドラインを公表しています。これはサービスを提供する事業者に向けた整理ですが、社内で使う場合も「AIの指摘は法的な判断ではない」という前提で運用するのが安全です。
入力しない情報を決める
契約書は、AIに貼り付けたくなる情報のかたまりです。使う前に次の線を引きます。
- 入力しない:契約書の原文そのもの、取引先名、金額・単価、相手方担当者の氏名・連絡先、契約に付いている個人情報(従業員名簿、顧客リストなど)、マイナンバー
- 置き換えて入力する:取引先は「A社(委託先)」、自社は「当社(委託者)」、金額は「月額X円」のように記号にする
- 注意する:NDAでは、契約の存在や交渉内容自体が秘密情報にあたることがあります。社内で承認された、入力内容を学習に使わない設定の法人向けサービスでも、条文の抜粋にとどめます(個人情報保護委員会の注意喚起も参照)
社内の利用ルールがまだない場合は、「生成AIの社内利用ガイドラインのつくり方」で入力禁止情報を先に決めてください。
手順1:契約類型ごとの確認観点リストを作る
最初に、よく受け取る契約の種類ごとに「どこを見るか」のリストを作ります。ここは条文を入力しなくてもできます。
あなたは中小企業の総務担当者を支援するアシスタントです。
当社が「委託者」として結ぶ業務委託契約書を受け取ったときに、
総務が一次確認する観点のチェックリストを作ってください。
条件:
- 「目的・業務範囲」「対価・支払条件」「成果物と知的財産」「再委託」
「秘密保持」「個人情報の取扱い」「損害賠償」「契約期間・解除」
「反社会的勢力の排除」「準拠法・管轄」の区分で整理する
- 各観点に「当社に不利になりやすい書き方の例」を1つ添える
- 法律の条文番号や判例は書かない(人が確認するため)
出てきたリストに、過去に揉めた点や社内の決まり(支払サイト、押印の決裁権限など)を人が書き足して完成させます。NDA、物品の売買契約、システム利用規約など、類型ごとに1枚ずつ作ると便利です。
手順2:匿名化した条文を読み下させる
読みにくい条文は、取引先名などを置き換えてから1条ずつ読ませます。
次は、業務委託契約書の条文の一部です。固有名詞は記号に置き換えています。
①この条文が当社(委託者)に求めていること
②A社(受託者)に認めていること
③当社にとって注意が必要な点
を、それぞれ箇条書きで説明してください。
条文にない内容を推測で補わないでください。分からない点は「不明」と書いてください。
第○条(損害賠償)
A社が本契約に関して当社に損害を与えた場合、A社の賠償額は、
当該損害が生じた月に当社がA社に支払った委託料の額を上限とする。
AIの説明は、必ず原文と並べて読み直します。「上限がある」「故意・重過失の場合も上限が適用されるか書かれていない」といった論点が見つかれば、それを相談メモに書きます。
手順3:相手方の修正案との違いを整理する
こちらの修正依頼に対して相手方から修正版が届いたら、変わった箇所を一覧にします。ここでも、条文は匿名化した抜粋だけを使います。
次の「修正前」と「修正後」の条文を比べ、変更点を表にしてください。
列は「条」「修正前の要点」「修正後の要点」「当社への影響(有利・不利・中立)」とします。
影響の判断に自信がない場合は「要確認」としてください。
ワープロソフトの変更履歴や比較機能で差分を出し、その要点だけをAIに整理させる方法もあります。変更履歴のない修正版が届いた場合は、比較機能で見落としを防ぎます。
法務・弁護士に回す基準を決める
AIを使っても、総務だけで判断してよい範囲は限られます。次のような場合は、AIの読みにかかわらず顧問弁護士などに相談する、と決めておきます。
| 回す基準 | 理由 |
|---|---|
| 損害賠償の上限・免責、違約金の定めがある | 事故が起きたときの負担が大きく変わる |
| 成果物の著作権・知的財産の帰属が相手方になっている | 自社で使い続けられないことがある |
| 個人情報の取扱いを委託する、または海外のサーバーを使う | 委託先の監督など、法令上の対応が必要になる(ガイドライン(通則編)) |
| 自動更新・中途解約の制限、長期の契約期間 | 不要になっても解約できないことがある |
| 金額が決裁権限表の一定額を超える | 社内の決裁ルートに乗せる必要がある |
| 相手方のひな形を大きく修正したい | 交渉の進め方の判断が必要 |
相談するときは、手順2・3で作った論点メモを添えると、相談時間を短くできます。新規の取引先なら、反社会的勢力のチェックもあわせて行います。
よくある失敗と防ぎ方
| 失敗 | 起きること | 防ぎ方 |
|---|---|---|
| 契約書のPDFをそのまま読み込ませる | 取引先名・金額・秘密情報がAIに入力される | 必要な条文だけ、記号に置き換えて入力する |
| AIが「問題なし」と答えたので押印する | 自社に固有の事情が見落とされる | AIは論点出しに限る。判断は回す基準に沿って人が行う |
| 条文にない内容をAIが補って説明する | 実際の契約と違う理解で合意してしまう | 「推測しない」「不明と書く」をプロンプトに入れ、原文と照合する |
| 確認観点リストを作りっぱなしにする | 法改正や自社の取引の変化に追いつかない | 年1回、トラブル事例を踏まえてリストを見直す |
まとめ
- AIは、確認観点リストの下書き、匿名化した条文の読み下し、修正前後の違いの整理に使う
- 契約書の原文、取引先名、金額、相手方担当者の氏名、個人情報・マイナンバーは入力しない
- 損害賠償・知的財産・個人情報の委託・長期契約などは、法務・弁護士に回す基準を決めておく
- 締結後は契約書管理台帳に登録し、更新期限まで管理する
契約書まわりの確認業務を、AIでどこまで効率化できるか相談したいときは、Otsumu株式会社のAIツール診断をご利用ください。
この記事で使えるテンプレート
総務 契約書管理台帳 取引先との契約書を一覧で管理する台帳です。契約期間・自動更新の有無・解約予告期限・保管場所(紙/電子)・印紙の有無・担当部署を記録し、更新や解約の判断漏れを防ぎます。この記事に出てくる用語
- 委託先の監督
- 給与計算や名刺管理、書類の廃棄などで個人データの取扱いを外部に委託するとき、委託元の会社が委託先の安全管理を確認・監督する義務です。
- 決裁権限規程
- 社内の決裁事項ごとに、金額の基準と、起案・審査・承認を誰が行うかを一覧にした社内規程です。職務権限表とも呼ばれ、稟議やワークフローの承認経路のもとになります。
- 秘密保持契約
- 取引の検討や業務委託の際に開示する情報を、目的外に使ったり第三者に漏らしたりしないことを約束する契約です。英語の略称からNDAとも呼ばれます。
- マイナンバー
- 住民票を持つすべての人に1人1つ指定される12桁の番号です。会社は社会保障・税・災害対策の法定の手続に限って従業員などのマイナンバーを取り扱えます。
出典・参考資料
この業務、AIでどこまで減らせるか診断します。Otsumu の「AIツール診断」で、自社の業務フローから自動化できる作業を洗い出します。
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