未払残業代を請求されたときの初動|内容証明が届いてから確認する時効3年・記録・遅延利息
退職者から未払残業代を請求する内容証明郵便が届いたとき、会社が最初の2週間でやることを整理します。賃金請求権の時効(当分の間3年)、催告による時効の完成猶予、労働時間の記録の集め方、退職者への年14.6%の遅延利息、付加金、労働基準監督署への申告や労働審判に進んだ場合までを解説します。
- 対象読者
- 従業員30〜300名の企業で、退職者などからの残業代請求に対応する人事・労務担当者
- 難易度
- 実務
- 所要時間
- 読了8分
- 最終確認日
この記事のポイント
- 賃金請求権の消滅時効は、2020年4月1日以降に支払期日が来る賃金について「当分の間3年」。内容証明による請求(催告)があると、その時から6か月は時効が完成しない
- 最初にやるのは、請求期間の労働時間の記録・賃金台帳・36協定・残業代の計算根拠をそろえ、社内で再計算すること。記録の保存期間も当分の間3年
- 退職者への未払賃金には、退職日の翌日から年14.6%の遅延利息がかかる(賃金支払確保法第6条)。裁判では未払額と同一額の付加金を命じられることもあるため、未払いが確認できた部分は早めに精算する
退職した元社員の代理人弁護士から「在職中の未払残業代○○万円を支払え」という内容証明郵便が届く。中小企業でも珍しくない場面です。
慌てて全額を払う必要はありませんが、放置するのが最もまずい対応です。この記事では、請求が届いてから最初の2週間でやることを順番に整理します。
まず押さえる3つのルール
時効は「当分の間3年」
| 項目 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 賃金請求権の消滅時効 | 5年(当分の間は3年)。2020年4月1日以降に支払期日が来る賃金が対象 | 労働基準法第115条・第143条 |
| 退職手当の請求権 | 5年 | 同上 |
| 付加金の請求期間 | 違反のあった時から5年(当分の間は3年) | 第114条・第143条 |
| 賃金台帳などの記録の保存 | 5年(当分の間は3年) | 第109条・第143条 |
時効は、各月の給与の支払日ごとに進みます。請求書に「過去3年分」とあれば、その範囲は時効にかかっていない可能性が高いと考えます。
催告から6か月は時効が完成しない
内容証明郵便での請求は、民法上の「催告」にあたります。催告があると、その時から6か月を経過するまで時効は完成しません(民法第150条)。その間に訴訟などの裁判上の請求がされると、時効の完成はさらに猶予されます。「交渉を引き延ばせば時効で消える」という考え方は通用しないと考えてください。
退職者には年14.6%の遅延利息
退職した労働者の賃金(退職手当を除く)を退職日までに支払わなかった場合、退職日の翌日から支払日まで、**年14.6%**の遅延利息を支払う義務があります(賃金の支払の確保等に関する法律第6条、同法施行令第1条)。在職中の労働者や退職手当の遅延は、民法の法定利率による遅延損害金の対象です。
さらに、裁判所は割増賃金などの未払いについて、労働者の請求により未払額と同一額の付加金の支払を命じることができます(労働基準法第114条)。付加金は裁判で判決が出る場合の制度ですが、争いが長引くほど会社の負担が増える要素になります。
最初の2週間でやること
1. 回答期限を確認し、受領したことを記録する
内容証明には「本書面到達後○日以内に回答されたい」と期限が書かれていることが多いです。期限内に結論が出せなくても、「内容を確認中であり、○月○日までに回答する」と連絡しておきます。代理人弁護士が付いている場合、本人に直接連絡するのは避けます。
2. 請求期間の資料をそろえる
| 資料 | 確認すること |
|---|---|
| タイムカード・勤怠システムの記録 | 始業・終業時刻、休憩、打刻漏れの修正履歴 |
| PCのログオン・ログオフ、入退館記録 | 勤怠記録との乖離がないか |
| 賃金台帳・給与明細 | 支払った残業代、固定残業代の額と時間数 |
| 雇用契約書・労働条件通知書・就業規則 | 所定労働時間、固定残業代の定め、手当の名称と性質 |
| 36協定 | 有効期間、届出の有無、上限時間 |
| 残業申請・承認の記録、業務指示のメール | 会社が残業を指示・黙認していたか |
厚生労働省の労働時間把握ガイドラインは、使用者に労働時間を客観的な方法で把握するよう求めています。自己申告の記録しかなく、PCログなどと大きく食い違う場合は、会社の主張が通りにくくなります(労働時間の把握義務)。
3. 社内で再計算する
請求額をそのまま検討するのではなく、会社が持つ記録で再計算します。
- 割増賃金の基礎から除外できる手当を正しく除いているか(残業代の計算方法)
- 固定残業代が有効な定め方になっているか、超過分を精算していたか(固定残業代)
- 管理職扱いだった場合、管理監督者に本当に該当するか(管理監督者)
- 月60時間超の割増率(50%以上)、深夜・休日の割増を反映しているか
再計算の結果、未払いがあると判断した部分は、争う部分と切り分けて早めに支払う方が、遅延利息や付加金のリスクを抑えられます。
4. 弁護士・社労士への相談
金額が大きい、管理監督者性や固定残業代の有効性が争点になる、他の従業員にも同じ問題がありそう、という場合は専門家に相談します。回答書を出す前に相談するのが理想です。
その後の展開
| 展開 | 会社がすること |
|---|---|
| 交渉で合意 | 合意書を作成する。支払額、支払日、清算条項(他に債権債務がないことの確認)を入れる |
| 労働基準監督署への申告 | 監督官の調査に応じる。是正勧告を受けたら期日までに是正報告(監督署の臨検への備え) |
| 労働審判の申立て | 第1回期日まで約1か月。答弁書と証拠を準備する(労働審判を申し立てられたら) |
| 訴訟 | 付加金の請求が加わることが多い。弁護士に依頼して対応する |
1人の請求で計算の誤りが見つかった場合、同じ条件で働く他の従業員にも未払いがある可能性があります。請求者だけ精算して終わりにせず、制度そのものを見直します。
よくある質問
在職中の社員から請求された場合も同じ対応でよいか
時効や再計算の手順は同じです。在職中の場合は、請求したことを理由に配置や評価で不利益に扱うことがないよう、上司にも注意を促します。本人と直接話し合う場合は、面談の記録を残し、支払う額と計算根拠を書面で示します。
請求額に根拠がないと思われる場合は
会社の記録で再計算した結果と、その根拠(勤怠記録、賃金台帳)を示して回答します。「払わない」とだけ回答すると、労働審判や訴訟に進む可能性が高くなります。どこまで認め、どこを争うのかを明確にして伝えることが大切です。
再発防止のチェック
- 勤怠記録とPCログの乖離を月1回確認する
- 残業の事前申請と事後承認のルールを決め、黙認しない
- 固定残業代は時間数と金額を明示し、超過分を毎月精算する
- 給与計算の割増率と除外手当の設定を年1回点検する(人事・労務セルフ点検)
まとめ
- 賃金の時効は当分の間3年。内容証明による催告から6か月は時効が完成しない
- 退職者への未払賃金には年14.6%の遅延利息がかかる。裁判では付加金のリスクもある
- 記録をそろえて社内で再計算し、未払いが確認できた部分は早めに精算する
- 回答期限は守り、代理人がいれば本人に直接連絡しない
- 1人の請求をきっかけに、勤怠管理と割増賃金の計算方法を全体で見直す
この記事で使えるテンプレート
労務 36協定 作成・届出チェックリスト 時間外・休日労働に関する協定(36協定)を作成・届出するときのチェックリストです。上限規制(月45時間・年360時間、特別条項の上限)、過半数代表者の選出、本社一括届出、電子申請までを確認できます。 労務 時間外・休日労働 申請書 残業・休日出勤の事前申請と実績報告を1枚で行う申請書です。36協定の上限(月45時間・年360時間など)と照らして、当月の累計時間を確認できる欄を設けています。この記事に出てくる用語
- 管理監督者
- 労働基準法の労働時間・休憩・休日の規定が適用されない「監督若しくは管理の地位にある者」です。役職名ではなく、職務内容・権限・待遇の実態で判断されます。
- 固定残業代
- 一定時間分の時間外労働などの割増賃金を、実際の残業の有無にかかわらず定額で支払う仕組みです。実際の残業代が定額を超えたら差額を支払う必要があります。
- 雇用契約書
- 会社と労働者が労働契約の内容に合意したことを示すため、双方が署名・記名押印などをする書面です。法律上の作成義務はありませんが、トラブル防止のために多くの会社が作ります。
- 36協定
- 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて残業させたり、法定休日に働かせたりするために、会社と労働者の過半数代表が結び、労働基準監督署に届け出る労使協定です。
- 就業規則
- 労働時間・賃金・退職などの労働条件や職場のルールを定めた規則です。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、作成して労働基準監督署に届け出る義務があります。
- 所定労働時間
- 就業規則や労働契約で会社が決めた、始業から終業までの時間から休憩時間を除いた労働時間です。法定労働時間の範囲内で定めます。
- 賃金台帳
- 労働者ごとに賃金計算の基礎となる事項や支払額を記録する帳簿で、労働基準法で作成と保存が義務づけられています。法定三帳簿の一つです。
- 内容証明郵便
- いつ、どんな内容の文書を、誰から誰あてに差し出したかを日本郵便が証明する郵便です。契約の解除通知や未払代金の督促など、通知した事実を証拠に残したいときに使います。
- 労働基準監督署
- 労働基準法・労働安全衛生法などが守られているかを監督する厚生労働省の機関です。36協定や就業規則の届出先で、労災保険の給付の窓口でもあります。
- 労働条件通知書
- 会社が労働者を雇い入れるときに、賃金・労働時間・就業場所などの労働条件を書面で知らせるための文書です。労働基準法の「労働条件の明示」を果たすために使います。
- 割増賃金
- 時間外労働・休日労働・深夜労働をさせたときに、通常の賃金に上乗せして支払う賃金です。率は労働基準法と政令で定められています。