従業員の給与差押命令が届いたら|差押禁止額の計算、陳述書の期限、取立て・供託の進め方
裁判所から従業員の給与の差押命令が届いたら、会社は「第三債務者」として2週間以内の陳述、差押禁止額の計算、債権者への支払か供託かの選択をします。民事執行法の条文と裁判所の書式をもとに、手取りの4分の1・2分の1の計算、取立ての時期、税金滞納による差押えとの違い、退職時の扱い、本人への配慮を整理します。
- 対象読者
- 裁判所から従業員の給与の差押命令が届いた、または税務署・市区町村から給与の差押通知を受けた従業員30〜300名の企業の給与・労務担当者
- 難易度
- 実務
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この記事のポイント
- 差押命令が会社に送達された時点で、差押えの範囲の給与は本人に払えなくなる(民事執行法第145条)。陳述催告があれば、送達日から2週間以内に陳述書を裁判所に出す。怠ると損害賠償責任を負うことがある(第147条)
- 差し押さえられるのは原則として手取り額の4分の1(手取りが44万円を超える月は33万円を超える部分)。養育費など扶養義務等の債権では2分の1(手取りが66万円を超える月は33万円を超える部分)まで広がる(第152条・施行令第2条)
- 差し押さえた分は、取立てができる時期を待って債権者に支払うか、法務局に供託する。差押えが重なったときは供託が義務になる(第155条・第156条)。税金の滞納処分による差押えは計算方法が違う
ある日、裁判所から「債権差押命令」と書かれた特別送達が会社に届きます。従業員がお金を返していない相手(債権者)が、その従業員の給与を差し押さえたという通知です。会社は、借金の当事者ではないのに、法律上「第三債務者」として手続に組み込まれます。
対応を誤ると、会社が二重に支払ったり、損害賠償を求められたりすることがあります。この記事では、差押命令が届いてから給与を支払うまでの手順を、民事執行法の条文と裁判所の書式に沿って整理します。警察や弁護士会からの照会全般は従業員情報の照会が来たときの対応で扱っています。
差押命令が届いたら最初に確認すること
差押えの効力は、差押命令が第三債務者(会社)に送達された時に生じます(民事執行法第145条第5項)。差押命令は、本人(債務者)に対して取立てを禁じ、会社に対しては本人への弁済を禁じます(同条第1項)。送達日より後に支払う給与から、差押えの範囲の分は本人に払えなくなります。
| 確認する項目 | 見る場所 | ポイント |
|---|---|---|
| 送達日 | 封筒・送達報告 | 差押えの効力が生じた日。陳述の期限もここから数える |
| 債務者(従業員)の氏名・住所 | 当事者目録 | 同姓同名や退職者でないか |
| 請求債権の額 | 請求債権目録 | 差押えの上限(この額に満つるまで) |
| 差し押さえる債権の範囲 | 差押債権目録 | 給料・賞与・退職金のどれか。4分の1か2分の1か |
| 陳述催告の有無 | 同封の催告書・陳述書 | 同封されていれば2週間以内に陳述が必要 |
| 扶養義務等の債権か | 請求債権目録 | 養育費・婚姻費用などは計算と取立て時期が違う |
差押命令が届いたことは、給与計算の担当者と上司(決裁者)にだけ伝え、社内で広めないようにします。本人には、手続のために事実を伝える必要があります(後述)。
陳述書は送達日から2週間以内に出す
債権者が申し立てると、裁判所書記官は会社に対し、差押命令の送達の日から2週間以内に、差し押さえられた債権の有無などを陳述するよう催告します(民事執行法第147条第1項)。会社が故意または過失により陳述しなかったり、事実と違う陳述をしたりすると、それによって生じた損害を賠償する責任を負います(同条第2項)。
裁判所の陳述書の書式(金沢地方裁判所の例)では、次のような項目に答えます。
- 本人を雇用しているか、役員か(雇用したことがない、退職した、など)
- 現在支給している給料(通勤手当を除く)・賞与の額。所定の税金と社会保険料を控除した手取金額で書く
- 差し押さえた分を債権者に支払うか、支払わないか(支払わない場合はその理由。他の差押えがあるなど)
陳述書は催告書の案内に従って裁判所に提出します(金沢地裁の書式では2部)。
差し押さえられる額の計算
原則は手取りの4分の1
給料・賃金・賞与は、支払期に受けるべき給付の4分の3が差押禁止です。ただし4分の3の額が政令で定める額を超えるときは、政令の額だけが差押禁止になります(民事執行法第152条第1項)。政令の額は、毎月払いの給料で33万円、賞与で33万円です(民事執行法施行令第2条)。
裁判所の差押債権目録の書式では、「給料(基本給と諸手当、ただし通勤手当を除く。)から所得税、住民税及び社会保険料を控除した残額」を基準にしています。
| 手取り額(月額) | 一般の債権(貸金など) | 扶養義務等の債権(養育費など) |
|---|---|---|
| 20万円 | 5万円(4分の1) | 10万円(2分の1) |
| 40万円 | 10万円(4分の1) | 20万円(2分の1) |
| 50万円 | 17万円(50万円−33万円) | 25万円(2分の1) |
| 80万円 | 47万円(80万円−33万円) | 47万円(80万円−33万円) |
一般の債権では手取りが44万円を超えると、扶養義務等の債権では手取りが66万円を超えると、33万円を残して差し押さえる計算に切り替わります。
養育費などは2分の1
夫婦間の扶助、婚姻費用の分担、子の監護費用(養育費)、扶養義務に関する債権を請求する場合は、「4分の3」が「2分の1」に読み替えられます(民事執行法第152条第3項、第151条の2第1項)。この場合は、将来の分についても一度の申立てで差し押さえることができます(第151条の2)。
計算の実務
- 手取り額は毎月変わるため、毎月の給与計算で計算し直す
- 差押えの上限は請求債権目録の額。累計で上限に達したら差押えは終わる
- 差し押さえた額は、賃金控除協定による控除とは別のもの。給与明細には「差押」などとわかる項目で表示しておくと、本人への説明がしやすい
債権者への支払か、法務局への供託か
差し押さえた分の扱いは2通りです。
| 方法 | いつ・どうする | 根拠 |
|---|---|---|
| 債権者に支払う(取立てに応じる) | 本人(債務者)に差押命令が送達された日から4週間を経過すると、債権者は取り立てられる。扶養義務等の債権が含まれる場合は1週間 | 第155条第1項・第2項 |
| 法務局に供託する | 差し押さえられた債権の全額に相当する額を、債務の履行地の供託所に供託できる。供託したら事情を裁判所に届け出る(事情届) | 第156条第1項・第4項 |
本人への送達日は会社にはわからないことが多いため、債権者から支払の連絡が来たら、取立てができる日を過ぎているかを債権者に確認します。給与日ごとに振り込む方法と手数料の扱いも、債権者と取り決めておきます。
差押えが重なったら供託が義務
すでに差押えがある給与に別の差押命令が届き、差し押さえられた額の合計が差押えのできる範囲を超えたとき(差押えの競合)は、会社は全額に相当する額を供託しなければなりません。配当要求の通知を受けたときも同様です(第156条第2項)。この場合、どの債権者にいくら払うかは裁判所が配当手続で決めます。会社が判断して特定の債権者に払うと、二重払いのリスクが生じます。
税金の滞納による差押えは計算が違う
税務署や市区町村から「差押通知書」が届くこともあります。国税の滞納処分では、国税徴収法第76条で差押禁止額が決まっており、民事執行法とは計算方法が違います。地方税の滞納処分も、国税徴収法の例によるのが一般的です。
| 差押禁止額に含めるもの | 内容 |
|---|---|
| 所得税・住民税・社会保険料 | 給与から源泉徴収・特別徴収・控除される額 |
| 生活費の基礎額 | 本人10万7千円、生計を一にする親族1人につき4万8千円を加算(月額。国税徴収法施行令第34条) |
| 残額の20% | 給与から上記を控除した残りの20%(生活費の基礎額の2倍が上限) |
扶養親族の人数で差押禁止額が変わるため、不明な点は差押えをした税務署や市区町村の担当者に確認します。
退職・休職したとき
- 本人が退職したら、陳述書や債権者への連絡で退職の事実と退職日を伝える。裁判所の書式では、退職後に支払う給料があるかを答える欄がある
- 退職金も差押債権目録に含まれていれば差押えの対象。退職手当は4分の3(扶養義務等は2分の1)が差押禁止で、33万円の上限はない(第152条第2項・第3項)。裁判所の書式では、退職金は所得税と住民税を控除した残額を基準にしている
- 最終給与と退職金の源泉徴収の計算後に差押額を出す
- 休職などで給与がない月は、差し押さえる給与もない
本人への配慮と個人情報
差押えは本人の私生活の問題です。社内で知る人を最小限にし、人事評価に持ち込まないようにします。差押えを受けたこと自体を理由とする解雇や懲戒は、一般に合理的な理由とは認められにくいと考えられています。処分を検討する事情があるときは、顧問弁護士に相談してください。
裁判所への陳述は法令に基づく手続なので、本人の同意がなくても回答できます(個人情報保護法第27条第1項第1号)。一方、債権者から陳述書の範囲を超えて勤務状況などを聞かれても、答える必要はありません。
本人には、差押命令が届いたこと、毎月の差押額、支払先(債権者または法務局)を伝えます。生活が苦しくなる場合、本人は執行裁判所に差押えの範囲の変更を申し立てることができます(民事執行法第153条)。会社から助言する必要はありませんが、裁判所に相談できることは伝えてよいでしょう。給料の前借りを求められた場合は給与の前払いの考え方を参考にしてください。
差押えを受けている従業員が自己破産した場合の扱いは従業員が自己破産したときの会社の対応を参照してください。
まとめ
- 差押命令は会社への送達時に効力が生じる。送達日、請求額、差押債権目録、陳述催告の有無をすぐ確認する
- 陳述催告があれば2週間以内に陳述書を出す。怠ると損害賠償責任を負うことがある
- 差押額は手取り(通勤手当を除き、税・社会保険料を控除した額)の4分の1。手取り44万円超は33万円を超える部分。養育費などは2分の1
- 差し押さえた分は、取立てができる時期(原則4週間、養育費などは1週間)を確認して債権者に払うか、供託する。差押えが競合したら供託が義務
- 税金の滞納処分は国税徴収法で計算が違う。本人への配慮と情報管理を忘れない
この記事で使えるテンプレート
労務 賃金控除に関する協定書(24条協定) 労働基準法24条1項ただし書にもとづく賃金控除の労使協定書です。控除する項目を具体的に列挙する表、控除を行う賃金支払日(賞与を含むか)、有効期間・自動更新、過半数代表者の選出方法の記入欄を付けています。この記事に出てくる用語
- 休職
- 病気やけがなどで働けない社員について、労働契約を続けたまま一定期間、労働義務を免除する制度です。法律上の義務ではなく、会社が就業規則で内容を決めます。
- 源泉徴収
- 給与や報酬などを支払う人が、支払の際に所得税を差し引いて国に納める仕組みです。差し引いた税額は、原則として支払った月の翌月10日までに納付します。
- 個人情報保護法
- 個人情報を扱う事業者が守るべきルール(利用目的の特定、安全管理措置、第三者提供の制限、漏えい時の報告など)を定めた法律です。従業員数にかかわらず、個人情報を事業に使うすべての会社が対象です。
- 住民税の特別徴収
- 会社が従業員の個人住民税を毎月の給与から天引きし、従業員に代わって市区町村に納める方法です。6月から翌年5月までの12回に分けて徴収し、翌月10日までに納めます。
- 人事評価
- 社員の仕事の成果や行動、能力を一定の基準で評価し、昇給・賞与・昇格や育成に反映させる仕組みです。等級制度・報酬制度とつなげて設計します。
出典・参考資料
- e-Gov法令検索「民事執行法」(第145条 差押命令、第147条 陳述の催告、第152条 差押禁止債権、第155条 取立て、第156条 供託)
- e-Gov法令検索「民事執行法施行令」(第2条 差押えが禁止される継続的給付に係る債権等の額)
- 裁判所「債権執行(債務名義に基づく差押え)」
- 裁判所「差押債権目録(扶養義務等に係る確定期限の到来している債権)民間:社員給料」(PDF)
- 金沢地方裁判所「陳述書」書式(PDF)
- e-Gov法令検索「国税徴収法」(第76条 給与の差押禁止)
- e-Gov法令検索「国税徴収法施行令」(第34条 給料等の差押禁止の基礎となる金額)
- e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」(第27条第1項 第三者提供の制限の例外)